3番:粉河寺(黒田九兵衛)

▶ 寄進者の刻印(最終確認版)

 ・伊勢国渡会郡山田大字河崎町

 ・黒田九兵衛


▶ 神富殖産との関係

 ・伊勢の石工で知恩院石垣工事をしたとある、現在も「石九石材店」として店は続いている

 ・明治26年に初代金之助の発注で、東本願寺の鐘楼石垣を工事した人(神野金之助重行368頁)

 ・明治34年、初代金之助が江西の旧神野邸に金平夫妻壽碑を建立、その碑の制作者


▶ 会社(石九石材店)


▶ 神の宮居 第1号 明34年発行 より

 ・廣告には「東本願寺鐘楼基礎」と書かれている



▶ 大正2年の石九

 ・「黒田小兵衛」は上記の九兵衛さんの跡継で、将来は九兵衛を継ぐのだろう

近世石工のルーツ!?  泉州石工の活躍を学ぶ

 三重県伊勢市には現在、泉州黒田村出身の石工・和泉屋(黒田)九兵衛の末裔である黒田光彦氏が十五世として石九石材店を営んでいます。第一世がいつ伊勢へ来たのか不明ですが、寛延四(1751)年以前と考えられています。同市には前述したとおり、「石屋大工敬白 泉州日根郡鳥取庄」「天正八(1580)年庚辰閏三月十二日 橋御供養」の銘文が残る泉州石工造立の供養塔(宝篋印塔)が残っていますので、伊勢では古くから、泉州石工が活躍していたと思われます。



▶ 東本願寺の鐘楼堂の石垣工事

神野金之助重行 より



▶ 金平夫妻の壽碑の工事


▶ 牟呂用水記念の



▶ 黒田九兵衛宅の地図

 ・現在も「石九石材店」として商売を継続している


▶ 三重県総合博物館所蔵資料検索データベースより引用